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Mac Guffin
2007 / 06 / 01 ( Fri )
いや、「らき☆すた」から振り返るとは正直思わなかったです笑


皆さんは、「赤い洗面器の男」という話を知っていますか?
ご存知の方は、三谷幸喜氏の脚本した「古畑任三郎」を思い出すでしょう。
物語の中で、あるタイミングにこの話が交わされるという設定になります。
「赤い洗面器の男」は、氏の作品を語る上で不可欠の話題と言われています。
この話の最大のポイントは、男の答えが分からないままであるということです。
以下はほぼ原文です。一体何を感じますか…?

 * * * * * * 

ある晴れた日の午後、
道を歩いていたら赤い洗面器を頭に乗せた男が歩いてきました。
洗面器の中にはたっぷりの水、
男はその水を一滴もこぼさないように、
ゆっくりゆっくり歩いてきます。
私は勇気をふるって、
「ちょっとすいませんが、あなたどうして、
そんな赤い洗面器なんか頭に乗せて歩いてるんですか?」
と聞いてみました。
すると男は答えました。
「それは君の…」

 * * * * * *

続きは、考えられている解釈、そして自身の解釈になります。
自分で解釈を持っていたいという人は読まないでください笑 
一般的に受け入れられているのが、
「男のオチは存在するが、それが語られていないだけ」とされる説。
男のオチは面白いものから寒いものまで、多様な憶測を呼んでいます。

また、前者とよく比較されるのが、
「この話自体にオチが存在している」とされる説。
一部の例を出すと、
「赤い洗面器」→「あかせん(明かせん)」
「洗面器が落ちない」→「オチがない」
といった見解が考えられているのです。

しかし結局は、三谷氏自身がこの話の意味を説明していないため、
最終的には読者の判断に委ねられるというのが現状です。

そしてもう一つ、想定されている解釈があります。
私は、これが最も妥当なんじゃないか?と思えました。
というよりも、この解釈が一番深みが効いて実に興味深いのです。

それは、「赤い洗面器の男はマクガフィンである」とされる説です。
マクガフィンとは、映画の世界でサスペンスの神様といわれた、
アルフレッド・ヒッチコック氏が考案した手法の一つです。
このマクガフィン自体の定義も理解しにくいのが実際なのですが、
一応の説明として以下のように定義づけられています。

「観客にとっては無意味なものであるが、作中の人物には重要であり、
それを巡って物語が展開していくもの。そして何よりのポイントは、
それが何であるかは最後まで観客に明かされないものであること。」

これは、ヒッチコック氏の映画を見れば何となく分かると思います。

この概念を含めて考察するに、要はこういうことなのだと思います。

ある物語の中に「赤い洗面器の男」の話を入れることによって、
その物語に奥深さが加わり、スパイスのような効果を実現できる。
決して「赤い洗面器の男」の話自体が重要なのではない。


色々と説明しましたが、皆さんはどれが正解に思えました?
まぁ、深く考えない人にはそれで終わりなんですけどね(何そのシメ
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